ウッドワースチャックで大口受注。自動車関連業界で高評価得る
不況の中、1976(昭和51)年7月、大手セットメーカーの三菱造船(株)広島精機製作所よりソ連(現ロシア)向け多軸自動盤の機械設備で、UBLチャックなど、ウッドワースチャックと呼称していた特殊デザインパワーチャックの大口注文を受け、活気を取り戻しました。このニュースが日刊工業新聞に取り上げられ、ウッドワースチャックは大手自動車メーカーの設備担当者がら注目されるようになりました。採用いただいたユーザーからは、従来にない優れた能力を評価いただき、オイルショックで産業界全体が省エネ、省力化に傾き始めたことも幸いして、自動車関連業界を中心に幅広く浸透していきました。
ウッドワースチャックは自動車部品などの量産用として開発された専用チャックで、中でもUBLチャックは、旋削加工の初工程用として高い評価をいただいていました。さらに1977(昭和52)年に内径用爪引込み式チャックのピンアーバーチャック、1980(昭和55)年に同形式の外径用が追加されて、仕上げ工程用として認知度が高まるなど、ユーザーの要望に応じた多種多様なチャックデザインを自社開発し、自動車造りの生産性向上に寄与しました。
チャック交換など段取り作業の自動化に取り組む
1986(昭和61)年、当社は「3Q」による段取り作業の迅速化・自動化製品を開発の主眼におきました。3Qとは、QJC(クイックジョウチェンジ=迅速爪交換)、QCC(クイックチャックチェンジ)、QDC(クイックダイチェンジ=DF)の頭文字であり、それらの自動化システムとしてAJC(爪の自動交換)、ACC(チャックの自動交換)、ADC(金型の自動交換)を視野にいれて開発が進められました。ACCのシステムは1987(昭和62)年9月に完成、10月の日本国際工作機械見本市(JIMTOF)に出展して多くの来場者の関心を集めました。
1989(平成元)年には、寺坂登が第3代代表取締役社長に就任。翌1990(平成2)年、寺坂登社長は、勲五等双光旭日章を授与されました。
1991(平成3)年、バブルが崩壊した年の5月、寺坂哲之専務が第4代代表取締役社長に就任しました。