「ソール」ブランドでチャック販売開始
国産スクロールチャック完成後も研究開発を続けた清五郎は、1926(大正15=昭和元)年、帝国チャック(株)の前身となる寺坂鉄工所を大阪市浪速区に設立、念願の事業を開始しました。時に清五郎33歳。すでに「国産スクロールチャックの元祖」として周囲に名の知られた人物となっていました。創業当時は販売ルートを持っていなかったためOEM生産でした。チャック事業は好調で、「造っても、造っても需要に追い付かない、うれしい悲鳴」であったと、相馬千里著「機械工具とともに五十年」(1968年・昭和43年刊)は伝えています。
その後1932(昭和7)年、OEM生産をやめ自社ブランド「ソール」製品の販売を開始しました。ブランド名「ソール」は、材料、熱処理方法、製造ノウハウを研究し、真心(魂)を込めた製品で社会貢献する、という思いから名づけられたものです。
本社工場焼失という悲運を越えて操業再開
順風満帆のさなか、1935(昭和10)年、父・亀蔵が死去。追い打ちをかけるように、浪速区の本社工場が火災で焼失。幸い、業容拡大を目指して中河内郡久宝寺村(現在の八尾市北久宝寺)に工場用地を保有していましたので、この土地を本社工場として、従来の機械工場に加え、かねてより品質向上のために必要不可欠と考えていた鋳物工場と熱処理工場も建設することになりました。工事中は、数カ所の借工場で操業を続け、1938(昭和13)年5月、念願の新本社工場で操業が再開されました。